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翠輪堂-日記-

文月あずさ@JADERINGSもしくはAzusa-Fの趣味的日常記録/不定期更新

スクウェアの歴史の霧の中に光が当たった話―和田さんnoteの感想―
夏の終わりにとんでもない一級品のオーラルヒストリーが転がり込んできた。
そろそろ語ろうか(其の弐)|和田洋一|note|2020/08/30 15:57 
https://note.com/waday/n/n27fb1b6a2838
元スクエニCFO→COO→CEO、CESA会長であり、クラウド事業部門シンラ・テクノロジー・ジャパンの立ち上げ人、和田さんの文章。
(プレジデント神羅の名はぼんやり見覚えはあったけど、FF14配信系は見てなかったのでハウジングおじさんの名は今回調べ直して初めて知った)

一目見て、ゲーム経営史に残るソーゼツな一文だと震えるしかなかった。
其の壱(2020/8/22UP)の方も貪るように読んでしまった。


ツイだと説明不足のまま拡散されちゃう可能性があるので、感想をこっちに書いてみんとす。
といっても、私の興味関心は常にモノリスソフトにあるので、どうしてもその視点でしか見ないけどね。
(というか140字じゃ余白が足りないに分割しながら推敲しながら書くのがツライ。
随に書きたいキーパンチドランカーなのぢゃよー)




和田さんも書かれているように、スクウェア脱藩前後のスクウェアの状況、デジキューブの状況、任天堂との決裂と和解の流れ……あの当時は匿名掲示板大隆盛期だったこともあって、いろんな裏付け無き言葉が濁流のように存在していた。
今ゲーム社会史やるなら、それらのdat落ちしてるものかき集めて機械分析、とかもやるべきなのだろうけれども、それをやって果たして価値があるのかどうなのかレベルの内容ではないかなとは思っている。
(少なくとも串とかIPとかクロス集計しないと多分「多数の声」という史料に使うには怖い。GK)

でも、現場にいた者の一言、それが何より、そんな歴史の暗雲を吹き飛ばしてくれる。
あくまで「その人の視点で」とはなるけれども、それでも、確かに現場を見ていた人の言葉は強い。歴史解釈をとある方向へとベクトルづけてしまう可能性を脳裏に置きつつも。
特に、ゲーム業界だと作り手=経営者だったから、そうでない――自分の生み出した作品<子>に対して過度の情がない――経営一本木な人の目線というのは本当に貴重なんじゃないだろうか。
TIGRAFの時の杉浦さんの発言の数々に近いものを感じる。
ここまでの前裁きの上で、ファンド・キューの「筋論」が出てくる。
・開発期間は1年(時間をかけて重厚長大にするから業界の未来が暗くなる)
・とにかく「革新的」であること(グラフィクスに頼るな)
ここに書かれている任天堂の動き、もしかしたらバテンの時の対ナムコ(→バンナム)の時にも通ずるものがあるのかな、と思ったりもした。
バテン資料集の制作コメンタリーは文句なしに一級品の紙史料であるのだけれども、それを別の角度から補い得るだけの話だと思う。
任天堂がどのように(64の轍を踏まずに)GC時代にサードパーティから作品を引っ張ってきたのか、を。
バテン資料集
同じように任天堂の元で当時マジバケやっていたブラウニーブラウンはどうだったんだろう?
(マジバケ当時はそちらまで目を向けてる余裕なかったから私自身ノータッチなのが悔しい。ドラ牧めっちゃよかったですぅぅぅぅ!(台所観戦ですが)としか言えない自分でごめんなさい)
和田さんと杉浦さんと亀山さんとで「経営キツかったよねぇえええぇぇ」な飲み屋対談して欲しい(ファン的贅沢)。



……というのを家族の夏休み明けに勢いで書きかけてその後UPし損ねていたら、その参(前編)(後編)がUPされていた。
これもホント一級品の経営史史料だなぁ。
師走進行(別名おせち進行)があるからしっかり読み込んで自分の考えも補って、というのは無理なのだけれど、やっぱりしっかり読みたい。
今の自分に何をもたらすのか、そんな事はちらり頭をよぎるけど、それでも読みたい。

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