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文月あずさ@JADERINGSもしくはAzusa-Fの趣味的日常記録/不定期更新
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K家の本棚:読書&鑑賞レビューまとめ (更新中断中)

読書メーター:読書レビューSNS (更新激遅)

当方「どうせRTAなんか出来ないわい!」と、ゲーム進行中であってもネタバレを一切忌避しないタイプでして。というかむしろ「ネタバレがあっても、その話の流れや勢いを実際に見た時の感動は、それがイイモノであった場合、いささかも衰えることはない」と思う派。

なので、せっかく手に入れたゼノブレ2のサントラ(USB版は間に合わなかったので豪華版)ブックレットも、ネタバレ忌避せず容赦なく読みまくりました。
まぁかなり作中ネタバレは避けている内容だったのと、ネタバレっぽいなぁと思ったトコは勝手に忘却スキルを発動しましたので(※よく飼い慣らされたファン)、何の問題もない、といったところです。

で、その中でちょっと気になった言葉が一つありまして。
ED曲「One Last You」の日本語歌詞に書かれていた「ヤコブの梯子」 という言葉。

いやね、詩的表現というか、雅語表現と言ってしまえばそれまでなんでしょう。
腹に「金」と書いた赤い布巻いた男がいたらそれは金太郎であると日本の誰もがわかるように、日本語圏の私達が知らない、向こうの文化の中のイコノロジカルな言い回しの一つなのかもしれない。もしくは「おっと合点承知の助」みたいに、もしかしたらキリスト教文化圏では、何でもない、ただ一つの言葉遊び的表現かもしれない。

ただゼノブレが世界的に(特にキリスト教圏に)ウケていて、それはそうとして世界同時発売で、思えば任天堂作品ってそういう宗教的なもののところへは基本アンタッチャブルだったところに、あの言葉が出てくる歌詞がEDに使われている(OK出されている)、というので、興味をそそられたのは事実です。

こちらもゲーム本編があまり進まないうちに考察したくなって、家事の傍らWikipedia入り口にいろいろ文献探索(但しネット上のみ)にずぶずぶツッコんでいってしまったんですが、もしかしたら先々の展開への核心に、知らずざっくり踏み込む可能性もなきにしもあらず。
(どのくらい進んでないかというと、宝箱の上に乗るビャッコさんが可愛くて先に進めないという体たらく(萌)。ゲームは月に1時間!生活なもんで...すんません)
ビャッコさん宝箱に乗る
自分としては、たまたま思いついた妄想裏付け用の文献メモをメモっておこうかと思って日記に書き散らすつもりなんですが(一次資料未アタック/読み直し出来ずな文献紹介ばかりでご容赦)
うっかりネタバレ(するかもしれない)事故が苦手な人は、ゼノブレ2サントラずらずら並べてクッションにするのでここでざっくりUターン推奨です。
(豪華版もまだアマのリストに載ってたんで記録がてら貼ってみたけど、きっと転売屋の巣だよね~(T_T))
ネタバレ嫌な人、待避した? んじゃ始めるね。

***********

「ヤコブの階段」は、創世記28章10-12の中にあるエピソードの一つ。
長男のエサウに逐われ、一人荒野をさまようヤコブが、雲間から差す光に上り下りする天使を幻視し、神から「いつでもお前を見守っている。いつかはお前が住むべき地に帰してやる」と約束をされるシーンがありまして。ヤコブはその地を「ベテル(神の家)」と名付けまして。
※これだけはちゃんと見た(笑)。私が参照した旧約聖書は多分これと同版のもの。表紙とか本の作りが違うからもしかしたらちょっと違うかも。しかし最近はKindleで聖書もバラ売りされる時代なのね~。
ヤコブというと、追い出されたさらに先のラバンさん家でレアとラケルの姉妹をめとり、ルベンやらシメオンやらダンやらナフタリやらといった後のイスラエル十二支族を次々と成したので、多分ゼノっ子的には超キーパーソンな旧約聖書人物
そののち実家に錦を飾ろうと凱旋中、後にペヌエル(神の顔)と名付ける場所で、夜中に襲ってきた天使と手探りで取っ組み合った挙げ句、もも関節外しを喰らいながらもひっつき続けて相手をギブアップさせたり(創世記32-25~31)、後にベテルに戻ってきて祭壇を作った際に、神から「んじゃ今日からあんたイスラエルね」とか「生めよ、増えよ」と言われたので有名なお方ではありますが(創世記35-9~12)。
天使との取っ組み合いはよく絵の題材にもなっていて、何故か傍らにハシゴが書いてあったりするやつもあったりするけれど、多分、これは、前述の「ヤコブの梯子」の話からの混同だと思う。もしくは「これヤコブですよヤコブ!」と主張するためのイコノロジー表現か。
(イコノロジー/イコノグラフィーというと、個人的には若桑みどりの著書なんですが、書いてあったかな~。読んだの大分前だからな~。もうウロすぎて泣ける)
まぁそんなこんなで、おそらく今回の「One Last You」で歌詞で用いられている意味だと、このヤコブの梯子、「神が約束してくれた繁栄と安寧の地」 という意味、そのまんまのイメージなんじゃないかな~と思うわけです。
もしくは、私自身がもっとちゃんと本編進められてたら「あああああああああっ!」ってなるのかもしれない。まぁそれはその時の楽しみに取っておこうというわけでして。


ですが。

調べていくうちに、ちょっと興味をそそられるものにぶつかってしまいまして。

その名は「讃美歌320番」

この賛美歌、「ヤコブの梯子」のエピソードを元に、サラ・アダムスというイギリスの作家が書き起こしたもの。当初は306番だったそうなんですが、整理されて、現在では320番に位置づけられているものです。
旋律は何種類かあり、米国賛美歌の父ローウェル・メイスンによるもの("Bethany")、やはりイギリスの賛美歌作曲家ジョン・バッカス・ダイクスによるもの("Horbury")、イギリスのオルガニスト:サミュエル・セバスチャン・ウェスレーによるもの("Communnion")、生活メソッドを大事にするイギリスのキリスト教一派・メソジストのアーサー・サリバン卿の手によるもの("Propior Deo")があるそうな。
これ、タイタニック号に乗り合わせ、その最期の瞬間、人々に演奏で勇気を与え続けていたという楽長・ウォレス・ハートリーが、生前「自分の葬式にはこの歌使ってね」と言っていた事から、沈みゆくタイタニック号の上で演奏されていたという話があり、それゆえ、ディカプリオ主演の映画『タイタニック』を始め、多くのタイタニックを主題とした映画で、最期の時を奏でる曲として使われていたりも。ちなみにディカプリオの映画内で採用されている旋律は「Bethany」……だったハズ(後でDVDと賛美歌つべ見てみるべきだなコリャ)
タイタニック周りに関しては、子供向けでおおざっくり&フィクション入りまくりですが、概要を知るのには、マジックツリーハウスこっそりオススメ。うちの子達的には「世界はじめて物語」級の便利シリーズでございまする。(「ただいまーっと!」もウルトラクイズもない時代の、子供の教養のマシマシって結構ムズいなぁと日々子育てで思いけり)
近年になって実は演奏していたの別の曲だった説が出回っていたりもするんで、実際のところどうだったのかは、その場に居合わせた天上の方々のみ知る、といったところでして。ウォレス・ハートニーがメソジストだったというところから、実際は流してた旋律は「Propior Deo」だったんじゃないか説もあったりなかったり。
ここも深掘りするとまた面白そうなテーマではあるんだけどね。本筋からズレるので割愛。参考文献だけ置いて逃げるです(但し原著)。
とはいえ、タイタニック号の悲劇とこの賛美歌が分かちがたく結びつけられ、「賛美歌320番=葬送」というイメージは、おそらくタイタニック号の影響抜きには語れないんじゃなかろうかというくらい、人々に流布したのは事実でして。

その一例としては、このイメージを用いたものに、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』がありまして。
鳥取りが居なくなったあと、氷山にぶつかり沈む大型船からここに来たという青年家庭教師と姉弟が出てきて、サソリの赤く燃えた体の話をしたりするわけですが、宮沢賢治の時代には、既にタイタニックの話や、そこで流れていた賛美歌の話は既に有名だったらしく、賢治の初期稿には、実際にその賛美歌の歌詞のメモ書きが残っているという話も。
現在残っていて一般に見られるお話は第4稿だそうで、『校本 宮沢賢治全集』では、賢治の改稿の変遷も踏み込んで記されているそうです。

●青空文庫:宮沢賢治『銀河鉄道の夜』(新潮社・校本全集刊行後の版) 他
『銀河鉄道の夜』というと、どうしても私はますむらひろしのネコ版を想像してしまうわけですが(ますむらひろし?っていう人もいるかもだが、ハウス食品劇場のCMでまるっこいネコ(ヒデヨシ)なら見たことあるでしょう!(超★断言))、そのますむらひろしの映画メイキング裏話の載ってる『イーハトーブ乱入記』で、賛美歌に関してとりあげていたかどうだったか……昔読んだのにちょっとウロ。(天気輪のビジュアルとか「ハレルヤ」が「ハレヤ」に書き換えてあったのをどう扱うかを悩んでいた話は覚えているんだけどね~)
昔テレビでやっていた映画の録画は持っているんで、後で見てみようかなとは思ってます。
銀河鉄道といえば、ゼノブレサウンドには欠かせない清田愛未さんとも縁深いプラネタリウムアーティスト・KAGAYAさんの代表作とも言える作品で、今でもあちこちのプラネタリウムで上映されているので、もし機会があったら是非。
……私、確か桑島法子さんがジョバンニとカンパネルラ2役でやってた奴をスカイツリーで見たな~。うう、また見たいよ~。(予告編だけで思い出して泣ける出来でした。エルマさんとはまた違った演技がスバラシイ。S-neryの頃を彷彿とさせる感じ)
直接関係ないけど、せっかく清田さんの話も出たので、清田さんの曲の予告編も貼っちゃえ~。
●プラネタリウム番組『銀河鉄道の夜』予告編●

プラネタリウム番組『銀河鉄道の夜』公式サイト▲

●KAGAYA studio×清田愛未「アースシンフォニー」予告編●

▲「アースシンフォニー」公式サイト▲
とまぁ、こんな感じで、賛美歌320番はタイタニックの悲劇と結びつけられ、そして葬送の曲として20世紀前半には、日本も含めてすっかり定着をしていたようなのです。
……ここら辺、踏み込んだ先行研究が見当たらないので、個人研究にとどまる部分ではありますが。(大学紀要とかまで首突っ込めればまた違うんだろうけどね~。力不足でスマヌ)

そんな賛美歌320番、戦後、とあるアニメ作品で、非常に印象深く使われておりまして。
それが『フランダースの犬』の、あの、ネロの今際の際のシーン
昔は「なつかしアニメ特集!」って特番多かったから、アラサー以上なら一度は耳にしていた事があるはず(妙な確信/実は「……懐かしい?」って思ってた当時十代)。
アニメ版は、放映期間の問題(52話分)もあってオリジナル展開てんこもりで、そこから翻って原作読んじゃうと、ネロの死は、かーなーり(可哀想なくらいに)あっさりしたものなんだけれども、アニメのあの演出、あれで、かなり記憶に残っている人は多いハズ。そりゃうっかり天使の羽根で連れて行かれる人を 「パトられてる!」って叫んじゃうくらいには(笑)。
しかも、この熱狂、世界的には珍しい形らしく、本場のベルギーで「なんでうちの国で無名の作品が、日本じゃあんなに大流行なの!」ってドキュメンタリー作られちゃったくらいだそうだしね。
アントワープ大聖堂に飾られたルーベンスの大型作品である『キリストの降架』――かつては喜捨をしなければ見られなかった作品を、望んでも得られなかった最上の絵を目の当たりにし、ネロは、満足そうに目を閉じる……。
そういえばあれも、キリストを下ろす際に使ったハシゴが描かれていたな。
ハシゴって、イコノロジー的には「地上と神を繋ぐもの」とか、そんな解釈があったハズ(ちょっとウロ)
『フランダースの犬』の舞台「アントワープ聖母大聖堂」へ!!これがネロの見たかったルーベンスの絵!! | ベルギー |Travel.jp
ちなみにあのラストの演出は、アニメ版を放映していた当時のスポンサー・カルピスの社長であり、クリスチャンでもあった土倉冨士雄氏の指示によるものだそうでして。「キリスト者にとって死は終わりではなく天国への凱旋」という、キリスト教(特に葬送文化)に馴染みの薄い日本の子供達にとって、正しきものを伝えようとした結果だとか。
昔のアニメは「ぼくドラえもんです」や「のび太にクセになまいきだ」のエピソードにも現れているように、子供だましと侮らずに子供に確かなものを、という大人の強い意志で彩られていて、そういったものこそがしっかり今でも残っているところを見ると、アニメ黎明期にそういう作り手に恵まれていて本当に幸運な文化の礎を持つことが出来たんだなあと感心することしきりです。
そうだよなー、日本人に馴染みの深い仏教的な観念で行くと、死は現世との絆に別れを告げるもの・終わりの象徴という見方だけれども、キリスト教の場合、死は、黙示録に示されたその日に復活を遂げ、神の国に向かうものであり、忌避すべきものでは決して無いんだよなー。
それが歴史の上で幾多の悲劇を生み、また幾多の悲しみを和らげ、幾多の思いを貫く指針となり、それを信ずる人々の生を支えてきたかと思うと……それがプラスであれマイナスであれ、純粋に興味深いなぁと。

自分、幼稚園がカトリックだっただけで、その後はどちらかというと厨二的学術的興味本位な感じでキリスト教というものをヲチしてる派なのですが、日本文化とはまた違った視点・違ったものの捉え方・見方は、本当に面白くて仕方ない(funnyじゃなくてinterestね)

とある一つの文化に依拠した物語は、異なる文化との混交・解釈によって、また新たな物語を生むんだなあ、としみじみしちゃう瞬間でした。



まぁソーカントクがここまで考えて歌詞にあの言葉を使ったとは到底思わないワケですが!
偶然とは恐ろしいものですね、って事でファイナルアンサー?……(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
(時々狙ってたりするから怖ぇ。
意図して繋がってたり繋がってなかったりするからチョー怖ぇええ)




ちなみに。
1990年封切りのサスペンスホラー『ジェイコブズ・ラダー』なるものもありましてのう。
ジェイコブ=Jacob=ヤコブね。
ベトナムの戦場にあったとある部隊の人々の、奇妙なサイゴの物語、だそうです。
……気になるけど、ホラー苦手なんだよな~(T_T)
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ゼノギアスファン待望の、そして感動を呼び起こしたゼノギアスコンサートから早幾星霜。

ゼノロスなんてハッシュタグが(わりかし公認で)TLに踊った日々に思わず「ゼノギアス は永久に不滅でチュよ~!!!!」と知能天文学的に低くなりながら 叫んだりもしたがさておき。

ようやく……よおおおおおっやくっ、タイムシフト視聴完了しました。
Xenogears 20th Anniversary Concert 4/8千秋楽@ニコ生
http://live.nicovideo.jp/watch/lv311856881

(※2018/4/25追記:ニコ生URL
(18/4/30購入期限/18/5/7視聴期限終わったらリンク自体がロストしちゃいそうなので記録として))

「視覚野に届いただけの情報なんか意味はねぇ!(台詞かなりウロ)」と叫ぶ某作の借金船長のお叱りが脳裏によぎりますが、ようやく見られたよぉおおおおおろろんろーん!

予想していたとはいえ、例年以上のあまりの新学期進行に、もうこのままじゃ時間取れないっ!と思って、直前生放送(当然タイムシフト済み)も全く目を通さず、飛び込みましたよぉおおおおおろろんろーん!!

……
…………
……………………


終演の拍手が鳴り響いて、ニコ生ならではのアンケートが出て、それでも動けなくて、呆然とPCチェアにもたれて、受け取ったものを万感の想いで反芻して……。

ニコ生でこんな目に遭わされる日が来るなんて思わなかった!

これは光田さんによるゼノギアスのリメイクや!!

あかん。ここまで完璧な――完璧以上の――リメイクがあるだろうか。

2時間あまりの――ゲーム時間に比べればあまりにも短い時間にここまで詰め込んで。

アンフィシアターと聞いて「何故そんなめっちゃ特殊な作りした会場で!?」と思ったけれども、この完成形には本当に納得。センターの回転盆が見せる演出の多様さもさることながら、ライティング設備の豊富さ、絶妙さは、あのゼノギアスという作品の芯を表現し尽くしていて。

他の誰がやってもこうにはならない。
作曲家として、演奏者として、演出家として。
さらには音楽を担う会社の経営者として、理想の表現と現実の成せる事のギリギリを――本当に薄皮一枚のギリギリを――描き出して。
まるで牡丹の花弁の一枚一枚を一本の木から丁寧に削り出したかのような、そんな精巧な作品を。
ゼノギアス好きで好きでずっと追い続けていた身から見て、自分の思い出のどことも衝突しない、そんなゼノギアスを。

拝ませていただきました。

いったいどれだけの時間を掛けたのだろう。
実現に至るまでは、光田さんの日記に記載があるけれども、とてもあの短い期間では(そしてゼノブレ2や他の作品とも並行作業で)進められたとは思えない。
どれだけの長い時間を掛けてきたのだろう。
どれだけの想いを賭けて、編み上げていったのだろう。

どれだけ、大事にしてきたのだろう。

それを思うだけで、こみ上げてきてしまうものがある。



ゼノギアスを初めてやり通した直後は、確かにリメイクして欲しいと思った。ちゃんとDISC2作り直してよ!って本当に思っていた。
でも、高橋さん達がスクウェアを出て、光田さんも出てしまい……。
ファンディスク的なものは出るけれども、それはかつての中身のままで、作り替える気力も見られないまま、スクウェアは切磋琢磨していくはず(※ファン目線)のエニックスと手を組んでかつての尖りぶりを潜めはじめ……。
そうしているうちに、作り手はそれぞれの世界に羽ばたきはじめて。

いつしかゼノギアスをリメイクして欲しいという気持ちは自分の中で溶けて消え――否、消えたのではなく「いい加減な描き方をされるくらいなら要らない」までの拒絶へと向かっていき。
映像表現の成熟とハードの進化スピードの速さ、それ以上に、携帯電話ゲームの興隆する時代――しかしながら新しい物ではなく既存の焼き直し&劣化ばかりの、ゲーム表現のエネルギー失速が目を覆わんばかりになってきて。
いい作品が見たい、ゼノギアスの時のように深く掘り下げ自分がその作品にどっぷりのめり込むようなものに出会いたい、という自分の思いは、今の世界にとっては懐古厨以外の何物でも無いのではないかと悲嘆に暮れ……自分を取り巻く環境の変化も娯楽を楽しむ余裕があるものではなくなってきて……。

そんな中でも、静かに、でも確実に、光田さんは自分の作品を磨き上げ続けていて。
自分自身の実力を高め続けていて。
ファンが抱いていたものに寄り添い続けて。

そして、形にして見せてくれた。

「それはきっとあなたのなかで
 この曲が好きだった、遠い昔の
 だれかが生きているからですよ……。」


シタン先生の台詞を引くまでもなく。
多分これは、コンサートという形態でしか実現できなかったのではないだろうか
遠い昔のだれかを――ゼノギアスを大好きでたまらない自分を――再び生かしてくれたのは。

そう思えてしまうのは、その20年で光田さんが積み上げてきたもの――人脈であり経験であり――が全部詰め込まれてなお、20年前に私達の出会ったゼノギアスという色を全く損なわずに、否、それ以上にして、ゼノギアスを描いてくれたから。

そんな、一人の素晴らしい表現家の、マイルストーンとも言える作品に20年前出会い、そして今、その20年の研鑽の集大成を見ることが出来る、ありがたさ。

(※20年:人によってはアーカイブスその他でゼノギアスに出会ってから今までの時間、というのもあるだろうからこの括りにするのは申し訳ないけど、最初の97万本の中に入っていた一人としては、この括りの重さは間違いなくあるので)



ホント、会場行けない身だったのは運がなさ過ぎるよ自分……。
でも、こうやって、このゼノギアスに触れる機会をもらえたのは、本当に幸運だったよ自分……。



当日はホント身動き出来なかったから、後からなりふり構わずTL掘りまくって、Twitter上の感想を見まくっていたのもあって、ある程度の覚悟は完了済みだったし、PC画面から覗かせてもらうだけの分際でそれはダメだとなんとなく自分に言い聞かせながらだったんですが。
耐えられませんでした。「飛翔」は泣いちゃいましたさ、ええ。
最初のうちは他の人のコメとか目をうつしてる余裕もあったんだけれども、画面演出で引き込まれて、音楽にノリノリの演奏者さんに身も心も奪われて、気がついたら……って感じでした。
コメ打ってる時間も惜しいよ!というか打てる人たち凄すぎるよ。こちとら聴き入るだけ精一杯よ!88888すら打てなかったよ!(TSとはいえせっかくニコ生なのに……大後悔orz)

そして、会場に行けなかった不遇の身を補う、数々のネット上の情報に本当に感謝……。
熱く語ってくれたゼノギアスクラスタのTwitter等もさることながら、リハから何から惜しむことなく臨場感たっぷりに伝えてくれた光田さんプロキのTwitterや日記、田中久仁彦さんやスクエニ音楽広報もそうだし、数々の演奏者さん達のTwitterや日記からほとばしるコンサートの熱気は、ネットの海を通して見ていてもいささかもその熱さを減じる事無く伝わってきてくれて、その片鱗を少しずつでも知ってその身に落とす事が出来るという幸運を噛み締めております。10年前には存在しなかった情報インフラの数々には感謝しかないですわ。
ファミ通の記事電撃オンラインの記事Gamerの記事も、本当にゼノギアス好きな記者さんが書いてるっ!という感じで、臨場感たっぷりで、しかも見所もしっかり押さえていて……。
みんなの幸せが伝わってきて、ホント、俺には暖か過ぎる……(←今月何度目だ)

(パンフも再販対応があってありがたい限り)



それはそうと。
ニコ生のカメラ回しも素晴らしすぎるね!
あれ、ホントに円盤化するつもりないと言われても信じられないレベルでカメラのコンテ切ってるね、と元放送部目線。実際はどうだかわからないけれど、リハも含めて相当綿密に映し方の打ち合わせ重ねた上で生放送に載せてるでしょう、きっと(もしかしたら光田さん自ら?とまで思ってしまう)。ライティングも映像も奏者へのパンニングも、これ以上ないという映し方で、これ以上ないという作品移入の仕方で、
途中カメラが荒ぶったのはご愛敬。ていうか聴き惚れてたんやろうなぁ。
(無理もなや……と優しく許してしまいたくなるほどにいろいろ良かった……)

光田さんがGO言ったらもしかしたら……と期待したくなるけれど……生ならではの不完全さを光田さんは恥じる人だからなぁ……。
会場では熱量で押し切れるそれは、円盤という形で冷えて固めたら、きっとその出来映えに、光田さんは納得が行かなくなってしまうからこその「映像商品にしない」発言だとも思っています。どう見てもすごい上手でしょ!と思う絵を、目の前で何枚も「こうじゃない!」と言ってボツにしてきた私の絵描き友人達のように、きっと鑑賞するだけの私の視点からでは、見えてないものが見えているがゆえに。

会場に焚かれたというスモークや印象深いライティングの数々は言うに及ばず、アンフィシアターという会場そのものをエルドリッジに見立てるところからはじまり、中もそのように作ろうとした(けれども予算で挫折した代わりにそれ以上のファンサービスを提供するに至った)その熱意、会場をもゼノギアスの為の舞台装置としてあそこまで練り込んで作った非日常感、それら全てがなければ、もしかしたらコンサートとして完成形ではない、くらいの気迫で作っているかもしれない、とは思ったりもする。ここら辺は舞台演出の経験もある人ならではというか。

もっともっと高い位置にある理想を実現するために研鑽する姿、それがあるからこそ、こうやってライブも輝くんだと思うと、私は、映像円盤化に関しては無理強いする気持ちが萎えてしまうのです。

以前FF6のサントラのコメンタリーで、植松さんだったか坂口さんだったかが「(ゲームを作るという長いスパンの仕事ばかりしているので)F-1レーサーのような仕事がしてみたい」と言っていたり、『いいでん!』のみずしな孝之先生(個人的には旧『いい電子』とか『ササ様』とか古い方の作品推しだがそれはさておき)が、やっぱり漫画業のロングスパンさとは違ったお客さんの反応・刺激を求めてうわの空劇団やっていたりするのと同様に、もしかしたら、ライブ演奏というのは、光田さんにとって、そういう、F-1や演劇に匹敵するアーティストワークスの一環なのかもしれない、という気もふつふつと。

燃えさかるキャンプファイヤーの炎のように、燃え上がって天を焦がして、胸に強い想いだけを残して消えていく……それが望んだ完成形であるというならば、ただ受け取るだけの身にはとやかく言えない……。

……とはいえ、円盤になったらなったらなったで今回のニコ生の様にありがたやありがたやと飛び込むんだろうけどね>自分(現金)。
まぁ本当に作って欲しかったら、クラウドファンディング起こして諭吉大量に募ってドーンとお願いしに行くって手もあるしなぁ。実現可否はさておいて。



ただ、ジョアンヌ・ホッグのライブ音源はいつかジョアンヌ自身か光田さんの作品に入れて残して欲しいかも。
20年前のように高音が軽やかに伸びきらない分、20年前にはなかった深みのある声の響きは、間違いなくあの瞬間の、あの会場でしか存在しなくて、消えてしまうのは本当にもったいなく思ってしまうのはありますわ。

……ここら辺、音楽というものの贅沢なところだなーと思うのが、想い出と引き比べ/弾き比べながら、いくらでも新しい色を塗り重ねていけるところ
そういう点では「新しい想い出となることを願っています」という光田さんMCの第一声、本当に、私達のゼノギアスにさらなる想い出を付け加えてくれたんだなあと思うのです。



このたびのコンサート、本当にありがとうございました。



そして。
ゼノロスなんて言わないで、と叫んだ自分を後悔しました。ええ。
これはロスるわ
私達のゼノギアス完結したわ、ってなるわ。

そしてまたゼノギアスやりたくなるわ。

手元にある純正メモカ3枚分・あふれんばかりのセーブデータから好きなイベント引っ張りだして……特にマリアの飛翔のシーンとか自分の手でやり直し……

否。むしろ最初からやる。

俺はシタン広場を見に行くんだあああああっ!(※ありません/ていうか時間)



というわけで、円盤化よりは、次の演奏の機会をこそ強く願いまして。
なぁに、20年待ったんだ。次の10年も、そのまた10年も、待てるさね。
次があるかもと願うからこそ、ブログ記事のタイトルも「コンサート2018」にしたしね。


……次こそは会場で参加したいなぁ……(ぐすん)





この感想が出てくるに至った思考ソース/各種引用とかは後で加筆するかもです。……GW開けに出来たらいいなぁ……(GW、それは、不自由の週間~(主婦的に))

自分の立場でこれを言うのは正直おこがましいと思ってる。

でも、願わずにはいられない。

がんばって。

あなたたちの奏でる音に、きっと私達は虹を見る。
あなたたちの爪弾く調べは、きっと私達を宇宙<そら>へといざなう。

今まで見せてくれていた光輝<ひかり>を、私達は知っているから。





光田さんの準備ツイートや日記見ていて、少しでもエール届け~な気持ちです。

準備中のドキドキバグバグな感覚、もうわかるわーわかるわーマジわかるわー。
これって器楽経験者独特なんだろうか(パートリーダー以外の統括経験はないけど)、それとも自分が特別チキンなんだろうか、それは未だにわからん。わからんまま音楽とガチでつきあう生き方からは離れてしまい、体すらももはや音楽とガチで向き合える状態からは離れてしまったので。

だから、頑張っている姿に、やったらめったら感情移入してしまうのです。



大丈夫! 在校生唯一のピアノ技能持ちで卒業式の校歌から何から演奏しなくちゃいかんのに、前日の体育で左手薬指突き指した過去を持つオバチャンが、全部の厄を吸ってあげるから!!!!!(笑)

素敵な二日間を迎える、全ての人に、幸あれ……!

ツイの方が流した小瓶の届く率が高いんだけど、破片にもなりやすいし、書いてみてネガティブ方面に行っちゃったらやだなぁというのもあるので、とりあえず自分ブログにて。



ゼノギアスコンサートの映像化、確かにあったらすごく嬉しいと思ってました。
自分の「時」が伴わないのが最初からわかっていて、で、時が近づいたら近づいたでまた状況が悪化していて、聖なる月に降ってきたこのギフトを泣く泣く諦めるしかなかったから。
もしその片鱗だけでも手に入るならば、と思ってました。

でもコンサートを映像化作品にしない、という、日記での不退転の気持ち、あれだけ真摯に書いて下さった言葉を見た今となっては、私は、その決断を強く支持します。
その愚直なまでの音を奏でる事への情熱が、きっと私を惹きつける本質だから。

正直、あのタイミング&あの日程での決断は難しかったし、実際に今身動き取れる状態ではないから、思いがけず降って湧いたニコ生化は嬉しいけれど。
それって光田さんの本意なのかなぁという心配は、拭えなかったりもするんです。
あれだけ生演奏めっちゃ楽しそうだった様子を見た経験があるからかもしれないけれど。



それよりも。
20年も経った作品が今また奏でられる事の方が嬉しい。
私のように喜んでいる人がいっぱいいっぱいいるという事実が、何より嬉しい。

時の流れゆく中、喪われてしまうものが多い中で、風化せずに残っているものがある。そしてそれは私の好きなものである。
その、希有な幸せをありがたく押し抱きながら。

再び巡る時が、新たな奇跡を呼ぶのを、今は静かに待ってます。

まぁ、個人的に一番起きて欲しい奇跡は、ゼノギアスとクロノトリガーの音楽は、光田さんが奏でたい時に自由に奏でられる光田さんのものになって欲しい 、という事くらいかなぁ。
(……一つじゃない。二つだ。まぁいっか)

今回のコレで、ゼノギアスというIPがまだ強いというのが証明されてるような気もするので、経営判断としては手放さないと思うのだけれどもね。

音楽に限らずだけど、作品の根幹を作った人が、その作品に対して最大限の恩恵を受けられるような、そんなものづくりの形が、きちんと世の中に浸透すればいいなぁと思います。



(そういったものを買い支えていけるファンでありたいとの自戒も込めて)






ゼノギアス20歳のお誕生日おめでとうございます!!

ゼノギアスがあったおかげで、私にはいろんな出会いがありました。
それは人であったり、物の見方であったり考え方であったり、その他のさまざまな作品であったり……。
物を創り出す事への喜びも、作り続ける事への覚悟も、好きなものにひたむきになれる楽しさも、全部全部教えてもらいました。考えさせてくれました。
「大事な事はみんなファミコンから教わった」じゃないですけど、本当にいろいろ自分の中に積もるものを作ってくれた、そんな作品です――ゼノギアスは。

うっかり人生半分浸食されてるからな! 旦那よりも長いからな!!(爆)
まぁ実際に自分がまともにプレイしたのは、もろもろの事情があって4月以降だったけどな!!!
こんなに人生揺さぶる作品に出会えるなんて、やっていた当時は思いもよらなかったけどな!
狂おしいほどに何かに惹かれる体験を、人は人生で幾度出来るんだろうか……そんな事すら考えさせてくれて、間違いなく自分のいろいろを育ててもらってきましたわ。

縛られてるんですよ。暗く、残酷な、神の夢に。

これからも縛られ続けますんで、どぞよろ!





それはそうとして。
10周年は自分の方の人生タイミングがあまり趣味生活寄りに出来てなかったしインフラもなかったので何にも出来なくて悔しい思いをしてきたんですが、少しは楽になってきたので、ちょっとしっかり語りたい!!
今は昔の知り合いともTwitterでゆるる~んと繋がる程度になっちゃっていて、普段の生活が思いっきりリア充(リアル充満)してるので、微妙にヲタ充してなかったりもするので、あまり込み入った事やったり何かガチで作ったりとか出来ない身なんですが、せめてせめてブログだけは……!!!!!


というわけで。
このブログ見てる可能性がある人は、その昔私が同人誌で「ゼノギアスの用誤集作るんべー!」って暴走していた事を知っていた人が大半だと思うんですが。
(とはいえ、リアルプリンセスメーカー(セーブ機能無し)はじめた関係で有明行かなくなってもう10年以上経つしな。同人がらみの知り合いじゃない人、マジごめん)

その同人誌で、ゼノギアスという言葉の解釈について、大胆不敵にも「外にあるものという意味の接頭辞(Xeno)」+「束縛を意味する『ギアス』という単語」の組み合わせで、「束縛の外に在りし者」じゃないか、という解釈をしましてん。
ギアス=束縛、というのは、実は『ロードス島戦記』で3巻以降のシリーズ黒幕・バグナードさんがアラニアの賢者ラルカス師にやられてた呪文「ギアス」のルビが「強制」だったんで、そこからの着想だったり。英語では該当の綴りがないし、乏しい多言語能力でみょみょみょとサーチし続けていたんだけど、呪文のギアスそのものの綴りは「Geass」だし、検索0件ヒットのまま、「これってアリじゃん? まぁそもそも用誤事典そのものがファンロードの用誤事典ノリだしね」と、開き直って書いちゃった(笑)。

本来意味は高橋監督が明言していたように「全てのギアとは異なるもの」だったりするんだけど、同人誌の初版をこさえて初めて即売会参加した1999年2月11日のその時までにPW手に入らなかったんだよう! 友人の伝手でようやく入手したんだよう!!! 手に入った後でもう思いっきり開き直って「自分の解釈の方がかっこいいと思ってる」とかぶちかましちゃってたし当時は!!!!!(赤面)
(明言初出は確かパーフェクトワークスか電プレインタビューかどっちか(ゴメン再確認不足))

で、じゃあ私がひもといた「ギアス」ってなんだろ、なんだろ、ってずーっと思っていたんですよね。

あまり自由に本屋にも行けなければ、図書館もほぼ家族の為にしか行かなくなって好きなペースでぶらつけないし、NDLとか夢のまた夢、旦那とほぼ似通っていた読書履歴もずるずる差がつきまくり、ネットで情報見ても深掘りとかほとんどできない状態が長く続いていて、その前の10年に比べてあまりにも情報過疎な状態ではあったんですが、そんななかでも、なんとな~く探してはいたんですよ。なんとなく。

で、ふとネタが落ちてきたのが数年前。
『アリアンロッドRPG』で「ゲッシュ」のルールが登場した、まさにその時。

ゲッシュ(geis)というのは、「禁忌(タブー)」を意味するゲール語/アイルランド語だそうでして。
自らに禁忌を課すことにより、神々から恩恵を受けられる代わりに、禁忌を破った時には天罰が下される、というもの。
有名どころではクー・フーリンの「犬の肉を食べない」とか「詩人の言葉には逆らわない」とか。
そもそもの世界観構成からケルトとか北欧系のネタの影響を色濃く持つアリアンロッドRPGでは、通常のスキルよりも強力なスキルを手に入れる代わりに、禁忌(制約)を破ったら罰がある、という運用だった、はず。……2Eになってから自分でプレイする機会がないので、リプレイと旦那からの又聞きのみの解釈。実体験伴わない解釈でゴメン。
早く子供を育成して家族TRPGしてぇえええ!(爆)

で、そのゲッシュ、geasa...ギャサ/ギアサ という呼び方もあるそうでして。
ロードス島/ソード・ワールド世界(アレクラスト)も、なんだかんだとやっぱり北欧とかケルトとかの色合いは強いので、そこからあの呪文が作られたのかなーと思う訳ですよ。

そう思うと、「ギアス」は、もしかしたら「神<デウス>との誓約」であり、その「外にあるもの」、それが「神との誓約の外に在りし者」だとしたら、『ゼノギアス』の作品イメージにバッチリ合うと思いませんか?
ていうか解釈としてちょーワクテカしませんか? かかか?

まぁあくまでこれは一つの解釈。ていうかファン妄想。
でも――「name」と「名前(namae)」という体系の異なる言語で使われた単語の綴りが、意味も含めて何故か似通っているように――言葉というものが持っている不思議な縁が(おそらくは意図せずに)こんな所まで繋がっているかもしれない、だったら面白いな、っていうのを、追っかけられただけでも個人的には大満足です。
19年越しの宿題が一つ片付いた気分ですよ、はふ~。

(ギアス繋がりだと、実はコードギアスも気になってはいるんだけどねー)


それにな。
バグバグさんってば、劇場公開(@ようこそロードス島へ(1998))の時の声優はじっちゃん=千葉繁さんだし、英雄騎士伝(新アニメ版/1998年上半期2クール)の方は大塚周夫さん(バーンさま=明夫さんのパパさん)だしって繋がりあるし!! OAV版だってハカセ=青野武さんだよ!?(※強引すぎます)


そんなこんなで、またゼノギアスを核に、いろいろなものに出会って、作り手さん達の新たな作品にもモエモエして、自分の中の興味の芽も伸ばして、いろんな事が楽しめるこの先10年にしていきたいところですね!

とりあえずはゼノブレ3種最後まで読み切るぞ、おー!(笑/何年先になるかわからんけど頑張るからねー)




本記事は1月中に書いた予約投稿なので、もしこの後、別に新たな情報が出てきたりとかしたら、いろいろズレてくる所があるかも。そしたらごめんちゃいです&別途書き直すかも(切実/いつやるのー)
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